Works

「20世紀研究会」講義ノート　1996年11月22日

　●次のテキストとする本の候補について。「日本憲法思想史」。

　・「陸軍の反省　上・下」加登川辛太郎　著、文京出版
　「三八式歩兵銃」の著作もある作家の、陸軍のおこなったことに対する批判。
　・「日本憲法思想史」長尾竜一　著、講談社学術文庫
　・「戦後が戦後でなくなる時」大沢正道　著、中央公論

　戦争、国家を考察する際には、対外国・対国内の政治行為そのものの意味を定義する法について触れないわけにはゆかなくなる。
　テキストとして多少歯ごたえはあるが、「日本憲法思想史」で憲法思想を読み解いてゆくことに決定する。現在のテキストが終了次第、新テキストとしてこれを使う。

　法思想で着目すべき思想家は、ハンス・ケルゼンとカール・シュミットの２人の法哲学者である。ハンス・ケルゼンは、人間の意志によって動くような正義は正義ではない。純粋正義があり、それを根本に憲法を考える、純粋法学を唱える。カール・シュミットの法は逆に政治家の意図を問題にする。

　法学には２つの立場があり、１つは法曹であり、これは法の運用について追求する。
　もう１つが法哲学であり、ケルゼンとシュミットもこの分野の思想家である。
　日本には法哲学者は少ない。長尾竜一はその一人である。
　歴史的には法学は西洋においてローマ法とゲルマン法について、その２つだけが論じられてきたた。しかし、ケルゼンとシュミットとは、それを問題にせず、正面から「法とは何か？」を問題にしたのである。法哲学と呼ばれる所以である。

　－＝－＝－＝－＝－＝－＝－＝－＝－＝－＝－＝－＝－＝－＝－＝－＝－＝－＝－
　Hans Kelsen〔1881～1973〕
　プラハ生まれの法学者。ウィーン大学などの教授であったが、ナチスに追われて米国に亡命し、1942年以降カリフォルニア大学教授。法を純粋な規範としてとらえ、倫理的・政治的価値判断から解放し、純粋法学(ウィーン学派)を樹立。民主主義の本質は�人民による政治�にあると主張、またコスモポリタニズム的国際法論を展開した。主著<民主主義の本質と価値><一般国家学><純粋法学>。

　Carl Schmitt〔1888～1985〕
　ドイツの政治学者、公法学者。ケルン、ベルリン各大学教授。具体的秩序の思想を説き、ブルジョア民主主義の政治的・法的概念をワイマル共和制の解体過程で鋭く批判した。ナチスの理論的基盤を与える結果になり、戦後一時追放された。主著<現代議会主義の精神的地位><憲法論>。
　－＝－＝－＝－＝－＝－＝－＝－＝－＝－＝－＝－＝－＝－＝－＝－＝－＝－＝－

　●日本がなまじトラック島を持っていたための、漸進。（テキスト92ページ）

　太平洋での戦争において、日本軍はトラック島を守るためにラバウルを攻略し、さらにラバウルを守るためにガダルカナル、ポートモレスビーにまで戦線を拡げてしまった。
　しかし、そもそもトラック島とは第一次世界大戦後に国際連盟がドイツから取り上げ、日本が委任統治していた島である。だから日本が連盟を脱退した時に、連盟が日本からトラック島を取り返しておけば、その後の「南洋諸島を守れ」との日本の動きもあり得なかったのである。しかし、国際連盟は日本からトラック島を取り返さなかった。歴史の謎である。

　日本はこの諸島付近に防衛線を張り不沈空母と称した。しかし、総花的に兵力を撒き過ぎ、実際には要塞化はしていなかった。かつ、そもそものトラック島より、戦争開始後に手に入れたラバウルに力を注いだのである。

　本来、投資というものはそこに何らかの戦略的価値を見い出してやるものである。
　しかし、この時の日本はその価値があいまいなまま投資をしたのである。
　投資について、太平洋戦争では最初は日本の方がアメリカ（太平洋側戦線）より軍備資産が多かった。（現在換算で３２億円）
　が、戦争が始まるってみると、年々アメリカの軍備への投資は増え続けた。対する日本は軍備資産が減ってゆくばかりであった。

　●研究作戦だったポートモレスビー攻略戦。（テキスト94ページ）

　「リ号研究作戦」などという名前を付けてたことからも分かるように、「ダメもと作戦」であった。「何が何でも作戦」ではなかったのである。
　だからポートモレスビー攻略戦は防衛庁の資料にも残っていない。
　「行けるか行けないか分からない」という姿勢で始めた作戦であったのである。
　そんな作戦の元で膨大な将兵が自滅させられていったのだ。
　現在の日本企業の「研究投資」もこれと同じことが多い。
　これに反して、インパール作戦は大真面目に行けると言う姿勢で始めた。しかし、本番が意外と手ごわかったのである。

　研究作戦とは、逃げ道を用意してから軽く当たるという姿勢である。
　最初から本気で当たっていれば失敗してショックを受けても、得るものがある。
　それを最初からナメてかかっていれば、失敗しても得るものはない。
　「ダメもとだから、当たり前」と思ってしまうのである。

　ここにも登場する辻参謀という人間は作戦は失敗続きであったが昇進し続けた。
　彼は豪傑ぶり、はっきりした物言いをしたので、ひとかどの人物と見られていたのである。しかし、彼は頭は良かったが知恵はなかった。

　豪州軍は日本軍の山越えを知っていたが、何らそれに対しての手を打たなかった。影響がないと見切ったからである。実際に日本軍はこの山越えでほとんどが自滅した。敵の弾に当たった兵隊などいなかったのである。
　それ程無謀な作戦であったのだ。

　●し江作戦について。

　岡村寧次大将は牟田口の自己顕示とは違う。
　彼はバーデンバーデンで永田鉄山、東条英機達と共に陸軍革新の誓いをした仲間であった。（その後、二・二六事件に遭った）「近代陸軍は岡村に始まった」と言われるほどの、それなりの頭脳はあった。。戦況もそれなりに見ていた。先がないとこの作戦を見て、早めに打ち切ったことでも、それは分かる。

　この作戦はポートモレスビー攻略戦と違ってこころざしはしっかりしていた。
　しかし岡村の戦略意図と大本営の意図とが違っていたのである。
　敵の中国軍は米国によっててこ入れされ、近代軍隊としての戦力を温存していたのである。さらに日本軍の戦闘のやり方も、左翼・中央・右翼と３支隊に分けて攻めることは平地では有効であったが、山だらけの中国の現地では戦力の分散になってしまったのだ。

　戦争が進んでくると軍隊の強さの意味が変わってきた。
　師団、連隊、大隊、中隊までは将校が隊長として指揮をとった。小隊以下は下士官が指揮した。ところが戦争が進んで上位の隊の指揮者が減ってきて、下位の隊の指揮者の大尉、中尉、少尉が大隊の隊長に棚上げされ、下士官が中隊長に棚上げされてきた。
　戦争での実質的な戦闘単位は中隊である。中隊長が誰かが問題になるのだ。
　将校の場合、「戦争する」という意識で動いていた。
　しかしより現場に近い位置にいる下士官は「生きる」意識が強かった。下士官のこの意識はボトムアップなどというものではない。軍隊の生態学的なものである。
　この軋轢が大きく出たのが、し江作戦だったのである。

　戦史は戦争する将校の意識で書かれたものが多く、生きる意識のもとに書かれ残されたものは少ない。兵隊がいかにひどい目に遭ったかは、森金千秋の「死の反転」以外、あまりふれたものがない。

　●軍法会議とは。

　軍法会議は軍隊内での裁判であり、平時には上告もあり公開制である。普通の裁判と変わりない。しかし戦時と戒厳令時には上告はなく、非公開となる。
　相沢事件の時は平時であり、軍法会議は公開制であった。だから法廷闘争を行うことが出来た。
　しかし、二・二六事件の時には戒厳令が発令されていた。その元での軍事犯罪であったので被告を裁く軍法会議は非公開で上告もなかったのである。てっきり公開制であると思っていた青年将校達は法廷闘争で争おうとしていたのに、当てが外れてしまった。

　●遮断作戦について。

　戦争における作戦には攻略作戦と遮断作戦の２種類がある。
　遮断作戦を日本陸軍はしょっちゅうやっていたが、こんな作戦を実行していたのは日本軍だけであった。
　遮断作戦においては勝つのか負けるのかは問題にならない。敵方を遮断するのが目的であるが、万里の長城のごとき物理的障壁を築くならともかく、中国大陸のような広い所で間隔をおいて兵を立たせておき、その間がガラガラの状態で相手の交流を遮断など出来るわけないのである。
　こちらの勝手な作戦であって相手のことを何も考えていない作戦である。
　あるいは、ポイント、ポイントに印をつけるだけでそのエリアが聖別され人が入ってこれなくなるという日本神道独特の「結界」を設けたつもりなのかもしれない。
　こと
　ほど左様に日本人はテリトリーについての概念があいまいなのである。

　それ以前の問題として、そもそも中国に対して何を求めて戦争をやったのかもはっきりとしない。途中からめんどくさくなってヤケになったふしすら見られる。
　実際のところはスターリンの謀略で、日本が主体的にやった戦争ではなく、日本が撤収しようとすると、中国がそうはさせないとしがみついた、という状況であったのだ。日本に南進させ、出来るだけ長引かせ日本国内を疲弊させて共産主義革命を引き起こすことをスターリンは目論んでいたのである。

　●戦時中の政治について。

　戦時は「軍の考え」が「国の考え」とした。
　平時の政治家は天皇の為に政治をした。国民の為に政治をしていたのではなかったのである。その対象たる天皇は意志不明で無責任であった。だから政治家も無責任でよかったのである。
　日本の政治の無責任体制は天皇によるものだったのである。それでは戦時は誰が責任を持つか、という政治の隙間に軍が入り込んだのだ。

　天皇をこういう存在にしたのは、明治をつくった時に将軍に対抗する存在として、京都から玉（ぎょく）として彼を引っ張ってきた時からのことである。明治の天皇は合資・合名会社の社長のようなものだったのである。

以上

文責　＆　HomePage 制作：（株）マネジメント・サイエンス研究所

コンサルタント　城　誠

[目次へ戻る] '2000-12-12

「20世紀研究会」講義ノート 1996年11月22日

「20世紀研究会」講義ノート　1996年11月22日